三月(弥生)

3月の別名「弥生」という言葉は、いや(弥)おい(生)から来ていると言われます。
弥(いや)は、あまねく、いよいよ、ますます、という意。
生(おい)は、植物が生える、生い茂る、という意。
生気を漲らした草木が、春の到来に気づき、あまねく大地に芽吹いてくる様を見て、弥生という言葉が生まれたのでしょう。

3月の季語は植物の季語がとても多いのです。
俳句は季節を詠むもの。弥生は、まさに草木全てが生き生きと躍動し始める月だということが、言葉にも表れています。

弥生の他には、花月、花見月、桜月、春惜月、雛月、夢見月、など、どれも春の美しさに酔うかのごとき、ロマンティックな別名が沢山あります。
春の息吹は、人の心を甘く優しくほぐしてきたことがわかります。

ところで3月は学年や会計年度など、年度が替わる月でもあります。
弥生には、学校などの卒業式、会社の転勤時期など、人生の中でも出会いと別れが交錯します。
悲喜こもごもですが、心を新たに、物事を決めて前に進む月でもありますね。

雛祭り

3月3日は、五節句の上巳にあたります。
上巳とは月の一番はじめの巳の日のこと。
古代中国では奇数が重なるのは忌日とされ、この日は厄災や穢れを払うために、青い草を踏み、酒を酌み交わし、川で身を清める儀式を行いました。

中国からこの儀式が伝わった頃、日本には、身代わりの形代(かたしろ)に厄災や穢れを移し、海や川へ流す行事がありました。
これらが重なって、形代流しが流し雛の行事になり、雛祭り行事に変化して来たと考えられています。

雛人形は、平安時代のお姫様の人形遊びの人形から、次第に守り雛として飾られるようになります。
江戸時代、立ち雛、座り雛、元禄雛、享保雛、と雛人形も変化し、豪華な段飾りや、宮中の装束を模した有職雛なども作られるようになります。

しかし、何度も幕府から奢侈禁止令が出て、雛人形にも制約がつけられます。
寛政の改革(1787~93)の際には、八寸以上の雛は作ってはならぬ、というお達しが出ます。
しかし、そこは反骨精神に冨み、手先が器用な日本の職人たち。
小さいけれど、精巧な芥子雛が作られ、大流行したそうです。

ところで、小さい頃、雛祭りで「うれしいひなまつり」のはずなのに、なぜ短調で物寂しい曲調なのか、不思議でした。
「灯りを点けましょ、雪洞に♪お花をあげましょ、桃の花♪」 この歌詞は、作詞のサトーハチローさんの早世されたお姉さまへの鎮魂歌だった、とのちに知りました。

「お嫁にいらした姉さまに♪よく似た官女の白い顔♪」ハチローさんのお姉さまは、嫁ぎ先が決まった矢先に、結核で亡くなられたのだそうです。
せめて歌の中だけでも、お姉さまを幸せに嫁がせてあげようという、ハチローさんの想いが込められた、切なくも優しい歌だったのですね。

おうちで楽しむ雛祭り

雛段飾り柄小風呂敷タペストリー

今では珍しい、おうちで雛段飾りを設えている様子の柄です。
この柄からは、日本の昭和の頃までの家屋の様子がよくわかります。
代々、そのうちの女性に引き継がれてきたであろうお雛様が、壇飾りで飾られています。
雛祭りに欠かせない白酒と雛あられは、座卓の上にちゃんと乗ってます。卓上の一輪挿しの水仙からは清らな香りが漂います。
お部屋は和室で、青々した畳敷き。欄間と縁側は、昔の日本家屋には欠かせないものでした。
障子を開け放した部屋は、柔らかい日差しと庭先の春に満たされて、この家の女の子の幸せを、お雛様と共に祈っているようです。

風呂敷でお雛様

お雛様がおうちになくても、瓶に風呂敷を纏わせれば、かわいいお内裏様とお雛様に♪